訳者注:以下は、トルコのマルディン近郊にある聖ハナニヤ修道院(ダイル・アッ=ザアファラーン修道院)公式パンフレット、「Edited
excerpt from Rough Guide」の翻訳です。
当修道院について詳しくは、修道院の公式サイトがあります。
http://www.deyrulzafaran.org/をご覧ください(英語版は現在構築中のようです)。
聖ハナニヤ僧院(その建物が黄みがかった岩でできていることから「サフランの僧院」を意味するシリア語ではクルクモ・ダイロ、アラビア語ではダイル・アッ=ザアファラーンとも呼ばれている)は、現在まで残っているシリア正教の宗教的コミュニティとしては、この地域でもっとも利便が良く、マルディンの6キロ東南にあります。
西暦493年に設立され、1160年から1932年まではシリア正教の総主教座がおかれていました。
異なったスタイルや石工技術からして南イタリアやスペインでは見出すことのできない、アプローチの道路を見渡す低い丘陵の上にすえられた、3階建ての驚くほど大きな長方形の建物は再建をたびたび休止させられながら時代を経て建設されました。
現在たった2名の修道士が残り、2,3の素人のヘルパーの助けを借りて約25名の孤児のための学校を運営しています。
修道院へはマルディンから東南へ導く黄色のサインにしたがってゆくと、歩いて一時間半の道のりです。まずはNusaybin通りを行き、次にちいさな黄色のサインに従い左へ曲がってEskikale村を通り抜けてください。その後あなたは修道院へ導く案内標識のところに来るはずです。もしそれに失敗したならCumhuriyet Meydaniかバス乗り場でタクシーを拾ってください。ざっと計算して5ドル(好況ならもっと)で待ち時間込みで往復してくれるでしょう。
修道院にちかづくにつれ、あなたは背後の丘にいくつかの洞窟住居が刻まれていることに気がつくでしょう。周辺に散在しているのは現代まで残存されなかった他の二つの修道院の廃墟なのです。この丘から、その入り口にシリア語の碑文を刻む古代の、しかしいまだ無傷である岩の水道が修道院に水を運んでいます。
少々英語をかじった数名の修道士に歓迎され、おそらくは1杯のお茶を出された後に訪問客は通常年長の孤児の一人に任されて、ガイドツアーへつれられます。
まず立ち止まるところは太陽信仰の寺として紀元前2000年の昔に使われていたといわれる地下の部屋です。現在は閉ざされた東端の窓は南側の壁にあるくぼみが(おそらくは犠牲の)祭壇として用いられる間、彼らが日の出を見ることを可能にします。部屋ははモルタルを使うことなく石そのものが天井を支える工法により囲まれています。
大きな300年ものの胡桃の木のドアを通り入ったその上の部屋はその壁に7人のシリア正教のパトリアッチとメトロポリタンの墳墓であるくぼみをもつ霊廟です。
ツアーはここから飾られたアーチと彫刻が施されている石の祭壇(50年前の火災によって壊された木のものと取り替えられた)のすばらしいリリーフと、すべての792年以降のパトリアッチの名が刻まれたパトリアッチとメトロポリタンの王座のあるチャペルへと移ります。
このチャペルでの礼拝はアラム語でなされ、もしあなたが午後6時ごろこの場所へいられるならば、あなたも参加することができるでしょう。
その向こう側にはかつてパトリアッチを送迎するのに用いられた輿のあるいくつかの部屋があります。
あなたはまたおそらく釘を使うことなく作られた胡桃の木を刻んだ祭壇とアンタクヤ(アンティオキア)から来たといわれる古代のモザイクを見ることでしょう。
静かな中庭を通り抜けた2階に、あなたは修道院の客室(宗教的な理由のために訪れている人は宿泊することができるかもしれません)そしてダマスカスからパトリアッチが来た時のためにより用意されている続き間を見るかも知れません。
最後にあなたはシリアへと続くすばらしい眺望の屋上テラスへと導かれ、振り返って頭上にある打ち捨てられた洞窟庵と二つの修道院の教会とを孤児たちが指し示すことでしょう。
モル・ヤコブとメリヤム・アンナ
Source: Edited excerpt from Rough Guide
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